今日のひと言

奈良の静かな日々から、人生の知恵をお届けします。

私は、人生約50年において、世界中の様々な土地を訪れ、そして住んできました。そして、今ここ奈良で静かに暮らしています。

この静かな奈良で、日々感謝に満ちた生活を送る中で、これまでの人生で学んだ教訓や、生きる知恵を「今日のひと言」としてみなさんと共有したいと思います。

人生は、長い長い「旅」です。これから一緒に長い人生という名の「旅」を楽しみましょう!!🌿

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ひと言一覧

第 119 回

今までの人生は、壮大な「前振り」だった

壺阪寺(高取町・壺坂霊験記)。三年にわたる祈りの果てに、観音の霊験で光を取り戻した沢市とお里の情景。

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第 118 回

忙しい中でも、心を亡くさずに

薬師寺(奈良市西ノ京)。享禄の兵火で失われた金堂を、一巻千円の写経勧進で百万巻集め蘇らせた高田好胤師と人々の情景。

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第 117 回

既に叶ったかのように、今日を楽しもう

龍鎮神社(宇陀市・龍神が棲むと伝わるエメラルド色の滝壺)、江戸時代、雨乞いの聖地を探し求めた人々。まだ降らぬ雨を信じて祈り続けた情景。

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第 116 回

その自信を胸に、次に進もう

東大寺・二月堂、急な石段の先にある舞台からは、大仏殿の甍と奈良の街並みが一望できる。

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第 115 回

小さな『0→1』の積み重ねが、大きな『0→1』へ

松尾寺(大和郡山市・日本最古の厄除け霊場)、養老二年、日本書紀の完成を願い舎人親王が建立。石段の先にひっそりと佇む本堂。

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第 114 回

今日という日を、自分で決める

率川神社(奈良市内最古)、中央に鎮まる姫神を、父母神が両側から見守るように祀る古社。子供の守り神として知られる。

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第 113 回

知らないことが、視野を広げる

錦光園(奈良町)、生の墨を手で握って形づくる「にぎり墨」体験。想像よりもずっと大変な、墨職人の世界の入口。

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第 112 回

小さな一歩から、始めよう

五劫院、アフロヘアーのような螺髪の阿弥陀仏。法蔵菩薩が阿弥陀如来になるまで、五劫という気の遠くなる時間、思惟を重ね続けた証。

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第 111 回

日々是一期一会

元興寺・極楽坊(奈良町)、学友・頼光を亡くした智光が、夢に見た浄土の情景を描かせたと伝わる智光曼荼羅の物語。

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第 110 回

知るという、最初の一歩

戒壇堂(東大寺)、鑑真和上が戒律を授けた場所。四天王像が今も変わらぬ眼差しで、何かを見据え続けている。

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第 109 回

驕らない、という強さ

飛鳥宮跡(明日香村)、乙巳の変で権勢を誇った蘇我入鹿が討たれ、その権勢が潮のように引いていった場所。今は稲穂の揺れる田園に礎石だけが残る。

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第 108 回

気づかぬうちの成長

良弁杉(東大寺・二月堂)、台風で倒れた先代を継ぎ、長い歳月をかけて幹を太らせてきた杉。毎日通る人には気づかれない、静かな成長の情景。

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第 107 回

誰もが、人生のクリエイター

大和文華館(学園前)、一人の願いから何もない土地に生み出された美術館。館内の作品もまた、誰かの手で一から生み出されたもの。

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第 106 回

遠回りという近道

信貴山(平群町)、幾重にも折れ曲がる九十九折れの石段。遠回りに見えるその道こそが、頂きへたどり着くただ一つの道筋。

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第 105 回

一歩ごとの均衡

谷瀬の吊り橋(十津川村)、一歩踏み出すたびにわずかに揺れる橋の上で、右にも左にも傾き過ぎない歩き方を見つけていく。

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第 104 回

頭を垂れる稲穂のように

稲渕の棚田(明日香村)、実りの重みに、あれほど胸を張っていた稲穂が一つ、また一つと頭を垂れていく。

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第 103 回

ご縁に感謝しよう

談山神社(桜井市)、蹴鞠の場で拾われた一足の履から始まった出会いが、やがて大化の改新へとつながっていった。

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第 102 回

類は友を呼ぶ

なら燈花会(奈良市)、一つの小さな灯りが隣の灯りを呼び集め、やがて奈良公園全体が温かな光の海となる。

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第 101 回

全てはつながっている

東大寺・大仏殿(奈良市)、二度の兵火で焼け落ちながらも、その都度違う時代の人々の手によって蘇ってきた。

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第 100 回

右を向く勇気

春日大社・砂ずりの藤(奈良市)、同じ棚の下で、一本だけが誰よりも長く、地面へと伸び続けている。

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第 099 回

世界という『学び舎』に、正解はない

室生寺・女人高野(宇陀市)、高野山が女性に扉を閉ざしていた頃、この山は静かにもう一つの道を開いていた。

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第 098 回

本当の『自由』を、謳歌する

若草山の山焼き(奈良市)、奈良市消防団の重い責任があってこそ、春にはまた同じ開けた稜線が戻ってくる。

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第 097 回

過程を、楽しもうじゃないか

春日大社の式年造替(奈良市)、設計図だけでは表せない技と思いが、二十年に一度、静かに人から人へと受け継がれていく。

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第 096 回

出会うべくして、出会っている

信貴山朝護孫子寺(奈良県生駒郡平群町)、参拝者もまた、それぞれの人生でめぐり合ってきた人やものを、静かに思い返す。

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第 095 回

八百万の神々 — 個性を認める、懐の深い文化

春日大社の杜(奈良市)、そこに神がいると信じる心が、静かにその場所を支えている。

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第 094 回

経験こそが、あなたの財産になる

暗越奈良街道(奈良市〜大阪府境)、石畳を踏みしめるたび、旅人の中にはまだ誰も気づいていない何かが、静かに積み重なっていく。

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第 093 回

豊かさは、与えることから生まれる

法華寺(奈良市)、皇后が手にしたのは、位でも財でもなく、与えたその瞬間にすでに満たされていたものだったのかもしれない。

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第 092 回

時を伸ばす方法

東大寺・南大門(奈良市)、今この瞬間、南大門を吹き抜けていく風もまた、二度とは巡り会えないものなのかもしれない。

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第 091 回

見守ることは、尊重すること

東大寺法華堂(奈良市)、何も言わず、ただそこに立ち続けること。それもまた、ひとつの優しさなのかもしれない。

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第 090 回

遠回りこそが、一番の近道

般若寺(奈良市)、華やかに見える一面の花畑も、その正体は無数の小さな積み重ね。遠回りに見えたその道のりこそが、いちばんの近道だったのかもしれない。

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第 089 回

あなたのペースでいい

喜光寺(奈良市)、蓮は、誰かと開花を競っているわけではない。ただ、自分の時間を生きているだけ。それだけで、もう十分に美しい。

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第 088 回

人生に感謝、新たな一日を

帯解寺(奈良市)、誰の人生も、山あり谷ありの道のりを経て、今日という一日にたどり着いている。

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第 087 回

他者貢献という、私なりの答え

東大寺・大仏殿(奈良市)、大仏の右手は、今も何かをそっと差し出すような形で止まったままである。

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第 086 回

程よく、さりげなく

采女神社・猿沢池畔(奈良市)、誰かのためを思う気持ちに、決まった形はない。ときには、そっと向きを変えるだけの、小さなやさしさでいい。

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第 085 回

人生に『遅すぎる』はない

東大寺・鐘楼(奈良市)、あの鐘の音は、今日もまた、誰かの心に静かに届いているだろう。

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第 084 回

与えよ、さらば与えられん

手向山八幡宮(奈良市)、手向山を後にしても、あの木漏れ日の涼しさだけは、しばらく肩の上に残っていた。

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第 083 回

船長も、社長も、あなた自身

大和郡山城跡の堀(大和郡山市)、次にその上を渡る舟が、どんな帆を掲げ、どこを目指すのか、それを決めるのは、水でも堀でもない。

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第 082 回

自分を縛っているのは、自分自身

転害門(東大寺)、動いたのは、門ではなく自分の足だったのだと、遅れて気づく。

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第 081 回

彼を知り、己を知る

相撲神社(桜井市)、相手を見つめることは、いつしか自分自身を見つめることにもつながっていたのかもしれない。

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第 080 回

習うより慣れろ

赤膚焼の窯元(大和郡山市)、教わったことを、本当の意味で自分のものにするのは、いつも手を動かし続けた者だけなのかもしれない。

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第 079 回

急かさず、見守るということ

氷室神社(奈良市)、早くても遅くても、それはその木だけのリズムだ。花が咲くその瞬間まで、ただそこに佇み、静かに見上げていたい。

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第 078 回

壁を高くしていたのは自分自身

一刀石(奈良市柳生)、あの夜の暗闇の中で振り下ろされた一太刀は、確かに何かを両断した。今も静かに、二つに裂かれたまま、そこに横たわっている。

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第 077 回

自分の限界を決めるのは自分自身

大台ヶ原(吉野郡上北山村)、目に映る景色に境界がないのと同じように、心に描く可能性にも、本当は境界などないのかもしれない。

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第 076 回

他人はあなたを映す鏡だ

十輪院(奈良市・ならまち)、誰かを裁く声は、そこには一つもなかった。ただ、それぞれがそこに在り続けているだけだった。

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第 075 回

1日1日が『一期一会』なのである

頭塔(奈良市高畑)、かつての姿を知らずとも、この場所は今日も確かにここにある。それでいい、と石段は語っているようだった。

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第 074 回

半歩であっても進んでいる

正暦寺(奈良市・菩提山)、静かな山の中で、時間はゆっくりと流れる。急がなくても、道は続いている。

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第 073 回

人生はマラソンの様なもの

葛城古道(御所市)、道の長さは、歩き出す前から決まっている。変えられるのは、歩き方だけだ。

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第 072 回

あなたの存在が、あなたの笑顔が

依水園(奈良市)、あなたがここにいてくれること、それがすでに、誰かの心の光になっている。

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第 071 回

新しい事をすると起きることの1つ

西大寺(奈良市)、小さな一歩は、いつだって予期しないものを連れてくる。

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第 070 回

まずは、知ってみよう。知ることが不安を和らげ、新しい挑戦への勇気になる。

般若寺(奈良市)、知ることの入口は、どこにでも用意されている。

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第 069 回

他者貢献は自己犠牲ではない。まず自分を満たそう。

吉野水分神社(吉野山)、自分が満たされて、初めて他者に貢献できる。

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第 068 回

「人の振り見て我が振り直せ」に宿る2つの意味。周囲は自分を映す鏡。

吉城川(奈良公園)、周囲は自分を映す鏡である。

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第 067 回

「誰誰のせいで、私の人生こうなった。」——これらは、自分の人生を他人に委ねる"呪い"の言葉。

當麻寺(葛城市・二上山のふもと)、自分の人生を操りたいなら、今すぐ使用をやめよう。

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第 066 回

「物事がうまく進まない。」そんな時は、大いにもがこう。

大峰山(吉野郡・修験道の聖地)、安寧や、ぬるま湯は、退化するピンチ。

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第 065 回

「あなたは今、何らかの苦境にいるかも知れない。」

高見山(東吉野村)、だから、今、この瞬間の苦しみをも楽しもうじゃないか!!

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第 064 回

「『過程』にこそ、人生の醍醐味がある。」

大安寺(奈良市)、過程こそ日常であり、よって人生そのものである。

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第 063 回

「もし、自分がいきなり何もかも出来る万能な人間だったら。」

柳生街道(奈良市東部)、『出来ない』を努力で『出来る』に変えて行く過程こそ、面白いのだから!!

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第 062 回

「形あるものはいつか壊れる。この世に永遠なものなどない。」

飛鳥寺(明日香村)、恐れる必要はない。明けない夜はない。そして、夜明け前が一番暗い。

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第 061 回

「最近は色々起きるね。以前は平和だったのに…。」

飛鳥川(明日香村)、変化こそが普通であり自然の摂理。平和で穏やかな日こそが、実は奇跡なのだ。

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第 060 回

時々『引き算』(= 手放す。0にする)のススメ。

圓成寺の静寂な境内、多くの「足し算」で全身がんじがらめなら、時には「引き算」をしてみよう。

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第 059 回

大事なのは、『忍耐と継続』。

秋篠寺の苔の境内、焦ってやると、筋が切れたり、筋肉を傷める。大事なのは忍耐と継続。

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第 058 回

『是々非々』で生きるだけで、人生ずいぶん楽になる。

明日香村・稲渕の棚田、是々非々は、臨機応変。バランスの取れた生き方。

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第 057 回

我々は、それぞれの人生を乗りこなすパイロット。

葛城山の山頂から奈良盆地と大阪平野を一望、どんな航路をたどるのか、決めるのは、あなたの自由だ!地図はない。あなたが自由に描けばいい。

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第 056 回

自分を基準に、人を見てはいけない

大和三山の情景、人はどうしても無意識に自分を基準にして人を見てしまう。時には見下し、時には劣等感を感じる。人は人、自分は自分。人も自分も尊重すれば良い。

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第 055 回

いつもの生活こそ『一期一会』の精神で生きよう!

奈良公園の鷺池に浮かぶ浮見堂、日頃なにげなく会っている人、通っている道、通っている場所との別れは、ある日突然やって来る。だから、いつもの生活こそ一期一会の精神で生きよう。

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第 054 回

「だからこそ、" 仲間 " が尊い。」

白毫寺の丘から奈良市街を見渡して、人は1人で生まれ、1人でこの世を去る。だからこそ仲間が尊い。あなたの周りの仲間を尊重し、たいせつにしよう。

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第 053 回

「他人の人生を生きてはいけない」

新薬師寺の十二神将で、他人の期待に応えようとしない。他人に期待しない。これを実践するだけで人生劇的に楽になる。

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第 052 回

「今日も無事起きることが出来た。」

橿原神宮の夜明けで、起きる=新たに生まれる。みんな新しい誕生日おめでとう!!

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第 051 回

「光と影。陽と陰。」

春日大社の参道で、どちらにフォーカスするかは、自分次第。

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第 050 回

「千里の道も一歩から」

談山神社の石段で、小さなことから始めるのがコツ。

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第 049 回

「かけがいのない今を楽しもう。」

山の辺の道で、日本最古の道。過程(プロセス)こそ、旅の本質であり、人生そのもの。

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第 048 回

「鳥かごから出よう。」

鳥見山で、735mの山頂から大和盆地を見下ろすと、ふもとの道が細い糸のように見える。

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第 047 回

「そうだ、あの人に手紙を書こう。」

今井町で、江戸の格子戸が連なる路地に、便利とはまったく別の時間が流れている。

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第 046 回

「私は何も貢献出来ていないから...」

石上神宮で、深い杜の中、神の使いたちは誰に頼まれるでもなく、今日も境内を歩く。

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第 045 回

『楽しいから笑う』のではなく、『笑うから楽しくなる』のである。

矢田寺で、梅雨の雨の中、一万株のあじさいが静かに咲く。

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第 044 回

全ては偶然ではなく、『必然』ということになる。

佐保川で、水はひとつの流れとして、山から海へと続いていく。

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第 043 回

損得への執着を断った時、心の豊かさが整ってくる。

正倉院で、1300年、静かにそこに在り続ける宝物の佇まい。

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第 042 回

あなたは存在しているだけできちんと貢献してくれている。

春日山原始林で、見えない根が、静かにつながっている。

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第 041 回

「前例がない?」では、前例になればいい。

ならまち・元興寺で、千三百年、ただそこに在り続けた瓦。

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第 040 回

「我が生涯に一片の悔い無し」、あなたはそう言い切れるだろうか?

東大寺・二月堂で、一瞬の火の粉が教えてくれること。

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第 039 回

行き詰まった時こそ、一歩引いてみよう

飛鳥の甘樫丘で、視野を広げると、問題はいつの間にか消えている。

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第 038 回

形あるものは、いつか崩れる — それは新しい創造の始まり

室生寺五重塔の前で、崩れることは、終わりではない。

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第 037 回

「したいからする」に勝るものはない — 内なる動機の力

東大寺南大門の仁王像の前で、義務か、想いか。

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第 036 回

完璧を目指すことなかれ — 人生は成長し続ける旅

長谷寺の登廊で、歩き続けることそのものが、豊かさになる。

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第 035 回

人と比較することなかれ — あなたにしかない輝きがある

大神神社で、あなたの輝きは、あなたにしか出せない色をしている。

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第 034 回

また失敗しちゃった?良いじゃない。— 行動の証

平城宮跡で、失敗を悔やむ夜もあっていい。また動き出せるなら、それでいい。

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第 033 回

他人は自分を映す鏡 — 飛鳥の静けさの中で

飛鳥で、世界は、自分が映し出す色で染まっている。

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第 032 回

あなたとわたしは、つながっている — 唐招提寺で

唐招提寺で、与えることは、世界を広げること。

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第 031 回

執着を断った時、人生が好転し始めた — 興福寺五重塔の前で

興福寺五重塔の前で、手放した先に、軽やかな風が吹く。

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第 030 回

「いま」を楽しめなければ、楽しめる時は来ない — 薬師寺東塔の前で

1300年以上もここに立ち続ける薬師寺東塔の前で、「あなたは、いまを生きているか?」

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第 029 回

『自己』が無ければ、他者に優しくできない — 東大寺の大仏が静かに問いかけること

1300年、ただ自らの軸を持って在り続ける東大寺の大仏、「あなたは、自分の軸を持っているか?」

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第 028 回

『在る』ものに気づく — 若草山の丘で感じること

若草山の丘に立つとき、何もないはずの景色の中に、実はたくさんの「在る」ものが満ちている。

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第 027 回

自分が選んで来た道 — 吉野山の参道が静かに教えること

吉野山の参道、一本ではない道を、自分の足で一歩ずつ登っていく。振り返ったとき、そこにあなただけの道がある。

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第 026 回

感じるものだ、つくるものだ — 法隆寺が静かに伝えること

法隆寺・1400年の時の前に立つとき、「感じる力」と「つくる意志」が静かに問いかけてくる。

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第 025 回

どれだけ心を込めたか — 唐招提寺と鑑真和上が伝えること

6度の渡航の末、失明してもなお心を込め続けた鑑真和上、唐招提寺が静かに伝える。

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第 024 回

自分というフィルター — 価値観の違いを意識するとき

薬師寺の東塔と西塔、同じ空の下に並びながら、見る人によって全く違うものに映る。

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第 023 回

天は乗り越えられない問題を与えない — 祖母が教えてくれた言葉

若草山は毎年炎に焼かれ、そして春、一番鮮やかな緑で蘇る。

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第 022 回

そんなあなたのように — お地蔵さんから学ぶこと

奈良の街角にひっそりと佇むお地蔵さん、何も語らずに、ただ存在で教えてくれる。

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第 021 回

タラレバは存在しない — 人生は成るべくして成っている

春日大社の石灯籠、何百年もその場所に立ち続けてきた、それが答え。

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第 020 回

足し算と引き算 — 「不自由」を手放す

春日大社の「放生池」のほとりで、私たちが背負うものの中に、手放してもいいものが混じっているかもしれない。

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第 019 回

人の数だけ、正解がある。

春日大社と興福寺、神と仏が1000年以上隣り合う奈良は、それを千年かけて証明し続けている。

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第 018 回

天知る、地知る、己知る

春日大社の石燈籠は、千年もの間、誰に見せるでもなく、ただそこに在り続けてきた。奈良はそういう場所だ。

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第 017 回

もっと、失敗と戯れよう!

法隆寺の瓦も、東大寺の大仏も、数え切れない失敗の先に生まれた。奈良の宝がそれを証明している。

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第 016 回

限界を決めるのは、自分自身

1300年の時が積み重なる奈良の地で、時代を動かしたのは、いつも限界を自分で決めなかった人たちだった。

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第 015 回

やるか、やらないか?

五月の奈良、参道で立ち止まって気づいた。前に進めたのは、いつも「やろう」と決めたあの一瞬だった。

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第 014 回

この世に「当たり前」はない

いつもの奈良の朝、でも本当に「いつも通り」なのだろうか。

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第 013 回

日々是一期一会

大和西大寺駅のホームで、ヨーロッパからの小さな旅人と交わした、ほんの一瞬の笑顔と手振り。

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第 012 回

明けない夜はない

寒い夜明け前に目覚め、カーテンの端に差し込む光を見た朝のこと。

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第 011 回

あなたの一言が、世界を良くする

駅のお手洗いで清掃員の方に自然と「ありがとう」と言えた、ある朝のこと。

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第 010 回

生涯、学びの旅は続く

奈良を行き交う世界中の旅人を見て、ふと思い出した、30年前の記憶。

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第 009 回

あなたの言葉が、あなたをつくる

五月の奈良の参道で気づいた、毎日使う言葉が、いつしか自分という人間をかたちづくる。

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第 008 回

大疑大悟

世界中から人が訪れる奈良で、ふと思い出した、台湾の友人が贈ってくれた四文字。

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第 007 回

自分の人生の創造主

ゴールデンウィークの奈良、古都の片隅で、静かに立ち止まった朝。

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第 006 回

人に優しくなる方法

夜明け前の奈良、鳥の声だけが聞こえる早朝の静かな問い。

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第 005 回

人生は、自己を探す旅

奈良・春日大社の参道で鹿を見ながら、自己を探すということ。

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第 004 回

道中こそ『旅』そのもの

大雨と雷の奈良の朝、焦る自分への自省。

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第 003 回

答えは自分の内にある

雨の奈良、自分と向き合う、静かな朝。

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第 002 回

我々はなぜ「不安」になるのか

まほろばの国、奈良、早朝の静けさの中で。

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第 001 回

自分が変われば、全てが変わる

奈良の静かな朝、50年間の人生を、振り返って。

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