第 119 回

奈良県高取町、山あいの石段を上った先に、壺阪寺は静かに堂宇を連ねている。西国三十三所第六番札所として知られるこの寺の本尊・十一面千手観音は、古くから「目の観音様」と呼ばれ、目の病に悩む人々の信仰を集めてきた。

江戸の昔、この寺のふもとに、盲目の男・沢市とその妻お里が暮らしていたと伝わる。お里は夜明け前、誰にも告げぬまま三年もの間、壺阪観音へ夫の眼病平癒を願う道を通い続けた。ある朝、その姿を見咎めた沢市は妻の不実を疑い問い詰めるが、真実を知り己の狭量を恥じる。それからは夫婦揃って観音堂へ足を運ぶようになったという。

しかし満願の朝、目の見えぬ我が身がいつか妻の重荷になることを恐れた沢市は、独り谷底へと身を投げてしまう。後を追ったお里もまた同じ淵に身を投げるが、二人の深い情愛を見届けた観音の力により命は救われ、沢市の目もふたたび光を映すようになったと伝わっている。

もし過去の人生に苦しんでいるのなら、 こう考えてはどうだろう?

今までの長くてつらい人生は、 今この瞬間から、楽しい毎日を送る為の 壮大な「前振り」だった、と。

今までの人生が無ければ、 これからの楽しい人生に巡り合えなかった、と。

そうすれば、今までの人生を肯定することができる。

ありがとう、わが人生!

三年にわたる暗闇の日々を、当時の沢市がどのような思いで過ごしていたのかは、今となっては誰にもわからない。ただ、その果てに訪れた光が、闇を知らぬ者には決して見えなかったであろう深さで、二人の胸に届いたことだけは確かなように思える。

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