第 081 回
桜井市の纒向、三輪山の裾野に、相撲発祥の地と伝わる小さな社がある。その名も相撲神社。垂仁天皇の御代、この地で日本で最初の天覧相撲が行われたと伝える。
相対したのは、大和国の勇士・野見宿禰と、力自慢で鳴らした當麻蹴速。両者は組み合う前に、まずしばらく睨み合い、互いの構え、息づかい、重心の置き方をじっと観察したという。書物の中に答えはなかった。それを知るには、目の前の相手を見るしかなかった。
境内には今も土俵の跡がひっそりと残る。訪れる人は少なく、社叢を抜ける風の音だけが響く。しかしこの静かな土の上で、遠い昔、二人の男が互いを知り、そして己を知った一瞬があったのだと思うと、ただの空き地には見えなくなる。
孫子の言葉『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』 。
実はこの順番が大事。
まず『相手を知る』が先に来て、その後『自分を知る』が来る。
まず、物事を座学のみならず、実践で触って知る。
その結果、自分のことを知ることにもつながる。
土俵の跡に立つと、二千年近く前の一瞬の駆け引きが、今も静かにこの場所に息づいているように感じられる。相手を見つめることは、いつしか自分自身を見つめることにもつながっていたのかもしれない。