第 105 回
奈良県十津川村、深い渓谷に沿って集落が点在するこの地に、谷瀬と対岸の上野地とを結ぶ吊り橋がある。川面からの高さ五十四メートル、長さ二百九十七メートルあまり。生活のための橋として、昭和二十九年、集落の人々が一戸あたり二十万円から三十万円という大金を出し合い、総額八百万円をかけて架けられた。
鉄線と板だけで組まれたその橋は、一歩踏み出すたびにわずかに揺れる。手すりを握る手に力を込めすぎれば橋は大きく傾き、逆に力を抜きすぎれば足元がおぼつかなくなる。
渡る者は誰に教わるでもなく、右にも左にも傾き過ぎない歩き方を、その場で見つけていく。急かず、されど立ち止まり過ぎず、ちょうどよい歩幅と速さで対岸を目指す。
『バランスを取ること』 『中庸でいること』 実はこれらが1番難しい。
頑張り過ぎても駄目、 一方で全くやらないのも困る。
真面目過ぎても駄目、 一方で不真面目過ぎても困る。
厳し過ぎても駄目、 一方で優し過ぎても困る。
時には頑張るが、時には休む。
人生を通じて、どう物事のバランス、 そして中庸を実現するか。
それが生涯のテーマ。
この橋を渡ったことのある人の多くは、それが七十年以上前、村の人々が自らの蓄えを持ち寄って架けた橋だと知らない。今日もなお、渡る一人一人の足音に合わせてかすかに揺れながら、その人だけのちょうどよい均衡を、静かに教え続けている。