第 118 回

奈良・西ノ京に建つ薬師寺は、享禄元年(1528年)の兵火によって金堂を焼失し、その後長きにわたり仮の堂のまま時を重ねていた。再びかつての姿を取り戻す動きが始まったのは、それから四百年近くを経た昭和四十年代のことである。

当時の管主・高田好胤師は、一巻千円の写経による勧進を志し、百万巻を目標に全国を行脚して回ったと伝わる。日々多くの人と会い、語りかけ、頭を下げ続けるその歩みは、傍目にもめまぐるしいものだったに違いない。

それでも寺に届く写経の一巻一巻には、書き手がそれぞれの一日の合間に半紙へ向かい、静かに筆を運んだ時間が確かに宿っていた。百万巻という途方もない数の祈りが積み重なった末、金堂は昭和五十一年(1976年)、ふたたび光を浴びることとなった。

今日も、いそがしい?

いそがしいこと自体はわるいことではない。

いそがしいということは、 人生が充実しているということ。

しかし、漢字では『忙しい』は心を亡くすと書く。

いそがしい中でも、心を亡くさずに、 そのいそがしさを楽しんで、 そして感謝して生きるといい。

今、写経勧進の物語を知らずに金堂の甍を仰ぐ旅人は多いだろう。しかし確かに、あの慌ただしかった日々の奥には、一文字ごとに心を込めた静かな時間が幾重にも重なっていた。忙しさは、心を亡くす理由にはならない。むしろ、心を込め続けた先にこそ、たしかな何かが姿を現すのかもしれない。

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