第 077 回
吉野郡上北山村、大台ヶ原と呼ばれる高原がある。標高1695メートルの日出ヶ岳を最高点とし、正木ヶ原から続く稜線には、鬱蒼と茂る森ではなく、丈の低い笹原と、立ち枯れたトウヒの白い幹だけが点々と続く、独特の景観が広がっている。
この場所には、視界を遮る壁も、道を区切る柵もない。稜線に立つと、空と笹原の境目がどこにあるのかさえ、はっきりとはわからなくなる。目の届く限り、ただ広がりだけが続いていく。
風はどこまでも吹き抜け、雲の影が笹原の上をゆっくりと横切っていく。この場所に立っていると、「ここまで」という線を引いているのは、山でも空でもなく、自分の視線そのものではないかと、ふと思わされる。
自分の『限界』を決めるのは、
外部要因でも、環境でもなく、
自分自身である。
自分で『限界』を設けなければ、
可能性は ∞(無限大) である。
稜線を渡る風は、今日もどこにも遮られることなく吹き抜けていく。目に映る景色に境界がないのと同じように、心に描く可能性にも、本当は境界などないのかもしれない。ただ、自分がどこまで思い描けるか——それだけが、静かに問われている。