第 095 回

春日大社の深い杜の中には、荘厳な本殿だけでなく、大小さまざまな摂社・末社が、木々の間にひっそりと佇んでいる。

大きな社もあれば、手のひらに乗るほどの小さな祠もある。祀られている神々は、それぞれに異なる姿を持ち、異なる役割を担っている。

けれど、どの社にも優劣はない。大きさも、由緒の長さも、ここでは価値の順位を決めるものではない。杜を歩けば、ただそれぞれの神が、それぞれの場所で、静かに在り続けている。

日本には昔から、
『八百万(やおよろず)の神々』という概念がある。

つまり、何にでも神が宿っている、とする考えだ。

言い換えれば、
日本には古来より、
個性を重んじ、全ての人を認める懐の深い文化が
存在しているのである。

杜の奥にひっそりと佇む小さな祠にも、手を合わせる人がいる。大きさも、有名さも関係ない。そこに神がいると信じる心が、静かにその場所を支えている。

🌐 他の言語で読む: English 繁體中文