第 085 回
東大寺の鐘楼に近づくと、時折、大きな鐘の音が境内に響き渡る。青銅の鐘は千二百年以上前に鋳造されたもので、日本有数の大きさを誇る。
何百年もの風雨にさらされ、表面には深い緑青が刻まれている。それでも一打ちすれば、低く長い余韻が空気を震わせ、遠くまで届いていく。年月を経たからこそ、その音にはどこか深みが増しているようにも感じられる。
鐘は、今日も同じように鳴らされる。古いからといって鳴らなくなるわけではない。むしろ、その重ねてきた時間の分だけ、音は静かに、しかし確かに広がっていく。
年齢を理由に、焦りを感じてしまう…。
そんな方もおられるだろう。
しかし、人生に『遅すぎる』ということはない。
極論的には、この世を去る直前でも何かに気づけたのなら、それでも遅くはない。
もし、それよりもずっと早く気づけたのなら、なお良しである。
あの鐘の音は、今日もまた、誰かの心に静かに届いているだろう。