第 080 回

大和郡山市の外れ、赤膚山の麓に、古くから続く陶芸の窯元がある。この土地で焼かれる赤膚焼は、江戸の昔から多くの茶人に愛されてきた。

窯元を訪ねると、若い弟子が黙々とろくろに向かっている。最初に出来上がった器は、驚くほど歪んでいた。師匠の手本は何度も見て、頭では手順をすべて覚えているはずなのに、いざ土を前にすると、指先は思うようには動いてくれない。

それでも弟子は、同じ動作を来る日も来る日も繰り返す。歪んでいた器は、少しずつ形を整えていく。ある日ふと、師匠の手の動きと自分の手の動きが、重なって見える瞬間が訪れるのだという。

『我々は、『経験』する為に生まれて来た。

 

であるならば、この世の全ては、『習うより慣れろ』である。

 

もちろん、習う(=座学)もとても大事だが、ある程度学んだら
行動を起こそう。

 

とにかく、最初は下手でも構わない。

 

行動を起こした結果、徐々にモノになって行く。』

窯の火を落とすまでに繰り返されるろくろの回転こそが、弟子を一人前の作り手へと変えていく。教わったことを、本当の意味で自分のものにするのは、いつも手を動かし続けた者だけなのかもしれない。

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