第 060 回

奈良市の東、春日山の奥へ続く道を行くと、忍辱山(にんにくせん)という小さな集落に圓成寺がある。

楼門をくぐると、境内はひろびろとしていながら、どこかぽっかりと静かだ。正面には小さな鏡池があり、楼門の姿がそのまま水面に映し出されている。木立の奥に堂が並ぶ。

訪れる人は少なく、葉ずれの音と、遠くに鳥の声だけが聞こえる。時間の流れ方が、ここだけ少し違う気がした。

時々『引き算』(= 手放す。0にする)のススメ。

この世は、『足し算』で溢れている。これは、社会の構造上も致し方ない。

ただ、もし多くの『足し算』で全身がんじがらめで苦しいのであれば、
時には『引き算』をしてみてみよう。

鏡池の水面には、楼門と木々と空だけが映っていた。何も加えられていない。それでいて、何も足りない気はしなかった。

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