第 115 回
松尾山の中腹、石段を一段ずつ登った先に、松尾寺の本堂はひっそりと佇んでいる。奈良県内で最も古い厄除け霊場と伝わり、参道の石段は、訪れる者に一段ずつしか進むことを許さない。
養老二年(718年)、この寺を建てたのは舎人親王だったという。当時42歳、厄年を迎えていた親王は、自らの厄除けとともに、もう一つの祈りを込めていた。それは、天武天皇の勅命によって編纂が始まった『日本書紀』の完成である。編纂が始まったのは、遡ること三十七年前の天武十年(681年)。国の成り立ちを記す膨大な事業は、この時もまだ、道半ばにあった。
本堂は幾度かの再建を経て、今の姿は1337年に建てられたもの。木々に囲まれた境内には訪れる人もまばらで、聞こえるのは風と葉擦れの音だけ。石段の一つひとつも、本堂の柱の一本一本も、誰かが長い年月をかけて積み上げてきたものだ。
何か大きなことで、『0→1』を達成することは容易ではない。
時には実現はほぼ不可能ではないか、とすら思えてくる。
しかし、いきなり大きなことを成し遂げるのを目指すのではなく、 日々小さな『0→1』を積み重ねてみよう。
又、ほんの少しだけでも新しいことに挑戦することも『0→1』であり、 それらが積み重なって、本丸の『0→1』にもつながる。
舎人親王が祈りを捧げてから二年後の養老四年(720年)、『日本書紀』はついに完成を迎える。編纂が始まってから、実に三十九年の歳月が流れていた。その一巻もまた、ある日突然に生まれたわけではない。今も松尾山の石段を登る人々の足元には、名も残らぬ職人たちが積み重ねてきた歳月が静かに眠っている。目には見えぬ小さな積み重ねの果てに、大きな何かが、今日も確かにそこに立っている。