第 098 回
奈良公園の東に横たわる若草山は、三つの丘が重なり合う独特の稜線を持つ。木々に遮られることのない一面の芝に覆われ、麓から頂上まで視界を遮るものが何もない。
しかし、この開けた眺めは、自然の成り行きだけで守られてきたわけではない。毎年一月、若草山では山全体を焼き払う「山焼き」が行われる。かつては、山中の鶯塚古墳にまつわる言い伝えから、一月のうちに山を焼かなければ良くないことが起こると恐れられ、人々が思い思いに火を放っていたのだという。
やがて東大寺・興福寺と奉行所が立ち会い、安全に山を焼く体制が整えられた。現在は奈良市消防団の約三百名が、大かがり火から松明に火を移し、列をなして山肌へと運んでいく。
誰しも「自由が欲しい、自由になりたい」と思う。
しかし、『自由』にはもう1つの顔がある。
そう、『責任』である。
その『責任』に気づき、その『責任』に押しつぶされそうになりながらも、
自分のものにした人だけが、本当の『自由』を理解し、
本当の『自由』を謳歌できるのである。
今年もまた、一月の夜空は茜色に染まり、若草山は一夜にして炎に包まれる。夜が明ければ辺り一面に灰の匂いだけが残るが、春が近づく頃には若草がその斜面を覆い、いつもと変わらぬ開けた稜線がそこに戻ってくる。松明を手にした消防団員たちの列は、今年もまた静かに山へと向かっていくだろう。