第 040 回
奈良の東大寺、大仏殿の東の丘に「二月堂」がある。若草山の斜面に寄り添うように建つ、奈良時代から続く古い堂だ。
毎年三月、ここで「お水取り」と呼ばれる行が行われる。西暦七百五十二年から、一度も欠かさず続いてきた。戦乱の時代も、疫病の年も、この行が途絶えたことはない。
夜の闇の中、僧侶たちが長さ八メートルを超える大松明を掲げて廊下を走る。燃え盛る炎の粉が夜空に舞い、闇の中でたちまち消えていく。あの火の粉は、何も問わず、ただ一瞬だけ全力で輝く。
もし仮に、今、この瞬間にこの世を去ることになったら、
「我が生涯に一片の悔い無し」 あなたはそう言い切れるだろうか?
言い切れないのは、何か条件があり、それをクリアすれば言い切れるのだろうか?
それでは、恐らく一生そんな時は来ない。
いつでもそれを言い切れる様に一瞬一瞬を生きよう。
「条件がそろえば」という言葉は、気づかないうちに心に居ついてしまうことがある。
あの松明の火の粉は、何の準備もなく、ただ一瞬だけ全力で輝いて、静かに消えていった。