第 154 回

大丈夫。あなたは確実に成長している

九月も終わりに近づいた。奈良市の西のはずれ、五条山と呼ばれる丘陵のあたりに、赤膚焼の窯元がある。赤膚焼の窯は、今も六つを数える。小堀遠州が好んだという遠州七窯のひとつに数えられ、赤みを帯びた乳白色のやわらかな器肌と、素朴な筆づかいの奈良絵で知られる焼き物である。

そのひとつ、赤膚山元窯の敷地の北側には、斜面をそのまま生かして、煉瓦造りの大きな登り窯が築かれている。江戸時代の末に築かれたもので、奥行きはおよそ十八メートル、幅は五・四メートル、高さは六メートル。いちばん下に火を焚く部屋が二つあり、その上に八つの焼成室が段々に連なって、最上部に煙道が設けられている。表面は、土で塗り固められている。窯元の歴史は江戸時代の後期にさかのぼり、大和郡山藩主の柳沢堯山が、京から陶工を招いて窯を再興させた。この大窯は、二〇〇七年に国の登録有形文化財となり、二〇一五年からの解体修理を経て、二〇一九年の二月、約五十年ぶりに火が入った。

登り窯では、焼成室に器を詰めて口をふさぎ、下から薪の火を焚き上げていく。炎は部屋から部屋へと斜面を這いのぼり、器のあいだを縫って、上の煙道へ抜けていく。火は何日も焚きつづけられ、やがて焚き口が閉じられると、窯はゆっくりと冷めていく。冷めきるまでのあいだ、中の器がどのように焼き上がったのかを、外から確かめるすべはない。

自分がある一定期間何かに取り組んだ後、 これでよかったのだろうか? もっと出来たのではないだろうか? と考えてしまうことがあるだろう。

特にその行動の結果を待っている時は、そう思う。

しかし、自分がやるだけのことをやったのであれば、 次に向かえば良いし、不足の点が既に明白なら、 それに取り組み始めれば良い。

要は、いつまでも済んだことに固執しなければ良いのである。

既に自分の手を離れたことや、結果そのものをどうすることも出来ない。

大丈夫。何かに取り組む前よりも、あなたは確実に成長している。

そして、出た結果をどう捉えるかも、あなたが決めることが出来るのだ。

窯が冷めると、ふさいでいた口が開けられ、器がひとつずつ運び出される。窯出しである。窯の中は場所によって温度が違い、炎の通り道や灰のかかり方によって、同じ釉をかけた器でも、同じ色に焼き上がるとはかぎらない。焼き物の世界では、炎がもたらした思いがけない変化を、「景色」と呼ぶ。流れた釉を雲に、ひびを山の端に見立てて、茶人たちはそれを愛でてきた。空になった窯には、やがてまた、次の器が詰められる。九月の終わりの夕暮れ、丘の上の古い窯は、静かに次の火を待っている。

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