第 155 回

人生の成功は、あなたが決めれば良い

九月も終わりに近づいた。吉野山のいちばん奥、奥千本。金峯神社から、杉木立の中の細い山道を二十分ほど歩いていくと、谷あいのわずかな平地に、小さな庵がひっそりと建っている。西行庵である。小さな建物の中には、西行の木像が安置されている。春には山桜が、秋が深まれば紅葉が、この谷を静かに彩る。

西行、俗名を佐藤義清という。元永元年(一一一八年)、代々衛府に仕える武門の家に生まれ、鳥羽院に、北面の武士として仕えた。和歌の才でも知られた、若き武士だった。同じ年に生まれた平清盛も、同じ頃、北面に仕えていた。

保延六年(一一四〇年)、二十三歳の義清は、突然、出家する。その理由は、今もはっきりとはわかっていない。親しい友の死がきっかけだったとも、かなわぬ恋のためだったとも言われる。やがて吉野に入った西行は、この奥千本の庵で、三年ほどを過ごしたと伝えられる。庵のそばには、今も岩の間から、清水が湧いている。西行が詠んだと伝わる、「とくとくと落つる岩間の苔清水 汲みほすほどもなきすみかかな」の歌にちなみ、苔清水と呼ばれている。

それは、誰だって成功したいと思って生きている。

しかし、そもそも人生における『成功』とは一体何だろう。

知らず知らず、よそから借りてきた『成功』の概念に 振り回されていないだろうか?

それは本来、社会や、他人に定義されるべきものではなく、 自分で見つけるべきものである。

誰が何と言おうと、あなたが決めれば良い。

そこに、良いも悪いも優劣もない。

それは完全なるあなたの自由なのである。

同じ年に生まれた清盛は、その後、武士として初めて、太政大臣にまでのぼりつめた。西行は、生涯、歌を詠みながら旅を続けた。陸奥へ、四国へ。高野山にも、長く暮らした。「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」。建久元年(一一九〇年)の二月十六日、西行は、河内の弘川寺で、七十三年の生涯を閉じた。釈迦が入滅したと伝わる、如月の望月の日の、翌日のことだった。歌のとおりの最期に、藤原定家や慈円は、深く心を動かされたという。九月の終わり、奥千本の庵では、小さな西行の像が、今日も静かに座っている。

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