第 156 回

時々、自分自身に問いかけてみよう

九月も、今日で終わる。ならまちの細い道を歩いていると、格子戸の町家の軒先に、赤い小さなものが吊るされているのに気づく。「身代わり申」。町の人たちが「庚申さん」と呼ぶ、布でできた猿のお守りである。赤い小さな座布団の四隅を折り曲げて結び、丸い頭を付けたその形は、手足をくくられた猿が、頭を垂れ、体を丸めた姿を表しているという。家に入ろうとする災いを、代わりに受けてくれるお守りとして、昔は、家族の人数分を軒先に吊るした。

その庚申さんのよりどころが、西新屋町にある小さな庚申堂である。このあたりはかつて、元興寺の境内の一部だったと伝えられ、堂には、青面金剛が祀られている。江戸時代、町の中に会所が設けられると、庚申の信仰は、町の人々の間に広まっていった。

庚申の信仰では、人の体の中には、三尸という三匹の虫が住んでいて、六十日に一度めぐってくる庚申の夜、人が眠っているあいだに体を抜け出し、その人の日頃の行いを、天帝に告げに行くと言い伝えられてきた。そのため、昔の人々は、庚申の夜には眠らずに集まり、語り合いながら夜を明かした。「庚申待ち」である。今年、次の庚申の日は、十月十三日にめぐってくる。

時々、自分自身に問いかけてみよう。

無意識の内に、周囲に迷惑をかけていないだろうか?

自分の傲慢を振りまいていないだろうか?

自分を大げさに主張し過ぎてないだろうか?

これらの行動は、自分の弱さを声高に 周囲に吹聴していることを意味している。

又それらの行動の裏には、 周囲や、他人への甘えが隠れている。

つまり自分がどんな態度を取っても、 許されるべきだという甘えだ。

しかし、自分が『何者でもない』事を理解し、 自分を満たし、人に親切に出来る人間は、 そんな行動はしない。

あなたがどうなりたいかだ。

庚申堂から北へ少し歩いたところにある奈良町資料館では、今も身代わり申が、一体ずつ手作りされている。求めた人は、その背中に、願い事を書いてもらうこともできる。書き入れた願いは、それから一年のあいだ、毎月のはじめに祈祷されるという。どんな願いを書くかは、人それぞれである。日が傾き、格子の奥に灯りがともりはじめるころ、軒先の赤い猿は、今日も頭を垂れたまま、秋の風に小さく揺れている。

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