第 151 回

言葉が難しければ、まずは笑顔や会釈から

九月も終わりに近づき、奈良の南、五條の山あいでは、今月の半ばから柿の出荷が始まった。五條市は、柿の生産量が市町村の単位で日本一とされる土地で、斜面の畑は、これから十月の半ばにかけて、収穫の最盛期を迎える。その柿にゆかりのある小さな庭が、奈良の市中にある。今小路町の日本料理店の敷地にある「子規の庭」である。かつてここには、明治のはじめ、奈良でただ一つの高級旅館といわれた、對山樓(たいざんろう)という宿があった。

明治二十八年の十月、二十八歳の正岡子規が、この宿に泊まった。日清戦争に従軍記者として赴き、その帰国の途中で血を吐き、神戸と須磨で療養したのち、東京へ帰る途中のことである。腰を病みはじめ、歩くのにも難儀する中での旅だった。ある夜、夕飯のあとで、宿の女中に、御所柿はもう食べられるだろうかと尋ねると、もうありますという。やがて、大きな錦手の鉢に、柿が山のように盛られて運ばれてきた。十六、七ほどのその女中は、包丁を手に取り、子規のために柿をむきはじめた。生まれを聞くと、月ヶ瀬の者だという。

むいてもらった柿を食べていると、ボーンと、釣鐘の音がひとつ聞こえた。「おや、初夜が鳴る」。彼女はそう言って、なお柿をむきつづけた。どこの鐘かと子規が尋ねると、東大寺の大釣鐘が、初夜を打つのだという。東大寺がそれほど近くにあるのかと、子規が不思議そうにしていると、彼女は部屋の外の板の間に出て、中障子を開けて見せた。なるほど、東大寺は、すぐ頭の上にあった。

慣れない内は、周囲に対して 「ありがとう。」や、「ごちそうさま。」といった言葉を 発するのにも相当の勇気が要る。

それが難しければ、最初はジェスチャーや、 リアクションだけでもしてみよう。

例えば、笑顔で返したり、会釈をしたり、 時には手を軽く挙げてお礼を示したり、と。

重要なのは、周囲と心を通わすこと。

お互いが気持ち良くなるように ふるまうことが肝要である。

そして、それに慣れてくると自然と 「ありがとう。」や、「ごちそうさま。」といった言葉は 口をついて出てくるようになっている。

子規はこの夜のことを、六年ほど後、随筆「くだもの」に書き残している。そして、この奈良の旅から生まれた一句が、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」である。けれども、子規がこの夜、柿を食べながら聞いたのは、東大寺の鐘だった。對山樓の跡には今も、当時からあったと考えられる柿の古木が立ち、その向こうに、大仏殿の大屋根と若草山を望むことができる。随筆によれば、障子の向こうの木立の上には、月が淋しそうに照っていたという。今夜は、中秋の名月である。

🌐 他の言語で読む: English 繁體中文
Klook.com