奈良盆地の南東、宇陀の山あいに、阿騎野と呼ばれた野がある。飛鳥の昔、大和の宮廷が鹿や兎を追った遊猟の地で、いまは中之庄遺跡の発掘をもとに、七世紀後半の掘立柱の建物と竪穴の住まいが、芝生の上に静かに復元されている。その傍らに、馬上から遠くを見やる宮廷歌人・柿本人麻呂の像が立つ。
持統六年(六九二年)の冬、まだ幼い軽皇子の狩りに、人麻呂は随行した。この野は、皇子の亡き父・草壁皇子が、かつて馬を駆った場所でもある。一行は夜のうちに野へ入り、仮の廬で夜を明かして、狩りの朝を待った。
明け方、人麻呂はふと来し方を振り返る。東の空には、日の出の一時間ほど前、よく晴れて冷え込んだ冬の朝にだけ立つという「かぎろひ」の淡い光が滲みはじめ、振り返った西の空には、白い月が低く傾いている。前に光、後ろに月。そのあわいで、彼は、かつてこの野を駆けた人を思ったのだろう。「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば月かたぶきぬ」——生まれたのは、その一首だった。
人生において、がむしゃらにやる瞬間は必要だ。
しかし、そればかりだと心も体も疲弊してしまう。 又、いささかバランスに欠ける人生となってしまう。
50m走の勢いでマラソンを走っていないか、 自問自答して見よう。
時々立ち止まり、BGMでも聴きながら、 自分の来た道をゆっくりと振り返ってみよう。 記憶の中の遠く離れたあの人に想いをはせてみよう。
そうすれば、忙しくて崩れていた心と体のバランスも整う。
今、その野は宇陀の静かな公園になっている。年に一度、旧暦の十一月十七日には、人々が暗いうちから丘に登り、白い息を吐きながら、東の空が金色に染まる一瞬を待つ。千三百年前と同じ光を、同じ場所で見るために。人麻呂の像は、今日も馬の上から、来し方のほうを向いたまま動かない。狩りはとうに終わり、皇子たちの名も遠い。それでも、明け方の光はまた立ち、月はまた傾く。