新薬師寺の門前から、細い道を南へたどると、瓦葺きの大屋根がひとつ、地面からわずかに浮いて見えてくる。入江泰吉記念奈良市写真美術館である。展示室の大半は地下に納められ、古い家並みを乱さぬよう、そこだけが低く沈んでいる。設計した黒川紀章は、この土地の空の広さと、屋根の稜線とを、何よりも先に考えたのだという。
ここに八万点を超えて収められているのは、ひとりの写真家が生涯をかけて写した奈良である。入江泰吉は戦後、焼け出された大阪から生まれ故郷へ帰り、まだ夜の明けきらぬうちに、重い機材を担いで寺々へ通った。はじめは、仏像が海の向こうへ持ち去られるという噂を耳にし、せめてその姿を写し留めておきたい、という思いだったと伝わる。やがて、噂は根も葉もないものと分かった。それでも彼は、四十年あまり、同じ道を歩き続けた。
三月堂の朝の光、山の辺の道にかかる霞、お水取りの夜の火の粉。季節がめぐるたび、彼はまた同じ場所に立った。そうして積み上がった写真を、晩年、八万点すべて著作権ごと奈良市へ託し、その翌年に開いたのが、この静かな建物である。
何か行動を起こす時、 「やらなければならない」という想いで 行動していることが多いのではないだろうか?
しかし、それであれば日々がつらく、しんどい。
又、「その行動の結果が良くない」ということも度々起きる。
これを、 「自分がやりたいから行う」 に変えることが出来れば、 随分と心が軽くなるし、結果も良くなる。
ガラスの壁のむこうで、瓦の大屋根が今日も宙に浮いている。地下の展示室へ降りていくと、半世紀前の奈良が、どれも和らいだ光をたたえて、一枚また一枚と並んでいる。写した人は、もういない。それでも、一枚のまえに立つと、この写真が撮られた朝の、空気の匂いまで伝わってくるようで、見る者はなぜか、思っていたより少し長く、そこに佇んでしまう。