斑鳩の里で、法隆寺から、田畑のあいだの道をしばらく歩いていくと、法起寺という小さな寺がある。聖徳太子が法華経を講じたという岡本宮の跡を、太子の遺言により、子の山背大兄王が寺に改めたと伝わる。その境内に、高さ二十四メートルほどの三重塔が立っている。天武天皇の十四年、六八五年に建立が発願され、慶雲三年、七〇六年に仕上がったとされる、今に残るものでは最も古い三重塔である。
塔の真ん中には、心柱と呼ばれる一本の太い柱が、下から上へ、まっすぐに通っている。屋根の上に高く伸びる相輪は、この柱の先にかぶせられている。けれど、こうした古い木の塔で、三つの屋根と、それを受ける柱や梁の重みを支えているのは、心柱ではなく、そのまわりに立つ柱たちである。三つの層は、それぞれ下の層の上に、載せられるようにして組まれていて、真ん中の一本と、かたく結びつけられているわけではない。
日本には、古い木の塔が数多く残っているが、地震で倒れたという話は、ほとんど伝わっていない。なぜ倒れないのかについては、今も、学者たちのあいだで説が分かれている。この塔も、千三百年あまりのあいだ、斑鳩の里で、どれほどの地震と、どれほどの嵐をくぐってきたのだろう。一九七〇年から五年をかけて解体修理が行われ、できるかぎり、建てられた当初の姿に戻された。塔は今も、田畑の向こうの、同じ場所に立っている。
『自分の芯を持つ』ということは、 頑固・意固地・わがままなどとは全く違う。
自分を満たし、自分の芯を持っている人は 逆に柔軟で、他人に対してもスッと歩調を 合わせることができる。
それは優柔不断でも、他人に流されているわけでもない。
秋が深まるころ、塔のまわりの畑には、地元の人たちが育てたコスモスが咲きそろう。細い茎の花は、風が来るたびに、そろって同じほうへ傾き、風が行きすぎると、また静かに起き上がる。畦道を、法隆寺のほうから歩いてきた人たちが、めいめいの速さで通りすぎていく。立ち止まって写真を撮る人もいれば、話しながら、ゆっくり歩いていく人もいる。塔は、そのすべてを、田畑の向こうから、ただ見送っている。その真ん中を、今日も、一本の柱が、まっすぐに通っている。