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第 174 回

価値観は、人それぞれ

東大寺にほど近い水門町に、依水園という庭園がある。門をくぐると、庭は二つに分かれている。入口に近い前園と、その奥の後園である。秋の光のなか、木々の影が、園路の上に静かに落ちていた。

前園は、江戸時代のはじめ、寛文十二年(一六七三)に、奈良晒の御用商人だった清須美道清が、別邸の庭として整えたと伝わる。奈良晒は、奈良で織られた上質の麻布である。この地には、もとは興福寺の子院、摩尼珠院があったという。池のほとりには茶室の三秀亭があり、静かな水面が、木々の姿を映している。

後園は、それから二百年あまりのちの明治三十二年(一八九九)に、奈良の富商、関藤次郎が造らせた池泉回遊式の庭である。前園から歩いていくと、ふいに視界がひらける。遠くに若草山と春日山、その手前に東大寺南大門の大きな屋根が、まるで庭の一部のように取りこまれている。手元の池と茶室を中心にした庭と、遠くの山並みまで取りこんだ庭。造った人も、時代も違う。

何に価値を感じるか、何に価値をおくかは、人それぞれ違う。

そんなことは頭で分かっているはずなのに、 日々生きていると忘れてしまいがちである。

そんな、人との価値観の違いに時には憤慨し、 時には不満を爆発させ、時には相手をののしってしまう。

そんな時はもう1度、原点に立ち返ろう。

他人と自分は全くの別物。価値観は人それぞれである。

昭和十四年(一九三九)、海運業で財を成した中村準策が後園を買い取り、二つの庭はひとつにつながった。中村家の三代が集めた中国の古い陶器や朝鮮の磁器などは、今、園内の寧楽美術館に収められている。庭を出る前に、もう一度、後園の池のほとりから若草山を眺めた。二百年あまりを隔てて造られた二つの庭は、今もそれぞれの趣のまま、ひとつの園のなかに並んでいる。

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