第 145 回

不安は、知らないから生まれる

奈良県の南、吉野郡天川村の北角に、みたらい渓谷がある。新宮川水系、天ノ川の支流である山上川の下流、川迫川が合流するあたりに、その谷はひらけている。大小の岩が積み重なり、その間を水が幾筋にも分かれて落ちていく。岩を越えた先には淵があり、水はエメラルドグリーンに輝きながら、それでいて底の石まで透けて見える。

川沿いには、遊歩道が整えられている。木の段を上り、岩を回り込み、木立の中の細い道をたどっていく。吊り橋の上に立つと、足の下に滝がある。滝を、上から見下ろすことのできる場所は、そう多くない。光の滝と呼ばれる滝もある。道は、洞川の側から国道三百九号線のあたりまで、谷に沿って続いていて、ゆっくり歩けば、およそ二時間半の道のりになる。

みたらいは、漢字で「御手洗」と書く。南朝の皇族が、この地で禊をしたという伝説が、名の由来の一つと伝えられている。谷は、季節ごとに姿を変える。春は新緑が眩しく、夏は川沿いに川サツキが映える。秋の紅葉は近畿でも随一といわれ、見頃は十一月の上旬から中旬にあたる。いまはまだ、木々の緑が深い。

人生において、漠然とした不安にかられることがあるだろう。

そんな時は、いくら頭であれこれ考えていても、 不安は収まるどころか、どんどん膨らんでいく。

その不安の原因は何なのか、 大体のめぼしをつけたら、 実際の行動に移してみよう。

行動の結果、その不安の原因をつきとめ、 その対策を行うことが出来れば、 つまり『身を以て知る』ことが出来れば、 不安はいつの間にか消えてなくなっているだろう。

不安は、知らないから生まれる。身を以て知れば消える。

帰りは、来た道をそのまま戻ることになる。上っていく時は、次の段、次の岩と、足元とほんの少し先ばかりを見ていた。ところが、向きを変えて下りはじめると、同じ道なのに、目に入るものが違う。頭の上を覆っていた枝の形や、さっき通り過ぎた岩の裏側を流れていた細い水の筋が、そこではじめて見えてくる。水は、人が歩いていても、いなくても、同じように落ち続けている。十一月になれば、この谷は紅葉で埋まり、道は人で混み合うという。それまでの間も、淵の底の石は、変わらず緑の水の下で光っている。

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