飛鳥寺の西、甘樫丘へ向かう道のかたわらに、石を積んで築いた、四角い壇がある。飛鳥水落遺跡である。斉明天皇の六年、六六〇年、皇太子であった中大兄皇子が、はじめて漏刻をつくり、民に時を知らせたと、『日本書紀』は記している。漏刻とは、水の力で時をはかる、日本で最初の時計である。
階段のように据えた水槽から、下の水槽へ、決まった速さで水を落としていく。最後の水槽にたまった水の高さを読めば、今が何時なのかがわかる。発掘では、水を引き入れた木の樋や、銅の管、漆を塗った木箱の跡が見つかり、建物の上の階では、鐘や鼓を打って、時刻を告げたと考えられている。役人たちは、その音を合図に、宮へ出仕したのだろう。
今、その場所に、水の音はない。一辺二十二メートルあまりの基壇が、石積みで復元され、かつて柱が立っていた位置には、短い木の柱が、碁盤の目のように並んでいる。訪れる人は多くない。駐車場のわきで、遠くに天香具山を望みながら、遺跡は、九月の日ざしを、静かに受けている。
自分が生きることができるのは、 過去でもなく、未来でもなく、 今この瞬間である。
もし過去に生きれば、後悔が頭をもたげ、 もし未来に生きれば、取り越し苦労に遭う。
今この瞬間が自分史上最も若く、 自分史上最高の自分なのである。
人生に『遅すぎる』ということはない。
千三百年あまり前、この建物から響いたという、鐘や鼓の音を、今は誰も聞くことができない。日が傾くころ、基壇のまわりの草むらでは、秋の虫が鳴きはじめる。その声は、誰かに時を告げるためのものではない。虫たちはただ、今夜という夜に、鳴けるだけ鳴いている。