第 131 回

今日をどう生きるかは、あなたの特権

奈良市法蓮町に、不退寺という寺がある。本堂の本尊は、聖観音菩薩立像。色白の、やわらかな面差しで、両耳の上には、リボンのような飾りがついている。在原業平が自ら刻んだと伝わることから、業平観音とも呼ばれている。

この地は、もとは平城天皇が営んだ、萱葺きの仮の御所だった。かつて都の頂点にあった人である。ところが、位を譲ったのちに都へ戻ろうとして、時の嵯峨天皇と争いになり、すべてを終えることになった。天皇は、ここで髪を下ろした。その子の阿保親王、さらにその子の在原業平も、のちにこの同じ地に住んだ。承和十四年、業平は聖観音像を刻み、この場所を不退転法輪寺と名づけた。

不退とは、二度と後戻りしないという意味である。境内には、今日も静かに、れんぎょうや杜若、菊が季節ごとに咲く。鎌倉時代の多宝塔が、木々の間に立っている。参拝者は、本堂の前でしばらく手を合わせ、それから、色づいた葉を踏みながら山門を出ていく。

人生において、思い出したくない失敗や、 悔しい思い出、そして耐え難い悲しみや、 地獄のような苦しみ、などが尽きないかも知れない。

それでも、今日という日、今という瞬間を どう生きるかはあなただけに与えられた特権である。

過去に引きずられた一日にするのか、 それとも全く違う日にするのか、 それはあなた自身が決めるのである。

かつて都の頂点にあり、そしてすべてを終えた人が、この小さな仮の御所にたどり着いた。その跡地に、後の世の人が建てたのは、二度と後戻りしないという名の寺だった。何があったかを、この寺は語らない。ただ、不退という二文字だけを、今も山門の奥に掲げている。

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