第 120 回
吉野山の中腹に、朱色の蔵王堂が今日も静かにそびえている。白鳳の昔、役行者はこの山深くに分け入り、大峯の峰々を幾日も、幾月も歩き続けたと伝わる。葛城の山を経て、熊野から大峯へ。人跡まれな尾根を越え、谷を渡り、ただひたすらに祈りながら歩を進めた。
深い山霧が晴れた朝、桜の木立の向こうに、行者は金剛蔵王権現の姿を見たという。その姿は一本の桜の木に刻まれ、山上ヶ岳と、この吉野の地に祀られた。長い歳月をかけて山を歩き続けた末に、ようやく出会えた姿だった。
いま、高さ三十四メートルの堂宇を見上げると、堂々たる姿の奥に、一人の行者が幾山幾谷を越えて歩き続けた、長い道のりが重なって見える。
人生は、『答え』を探す旅だ。
例えば、 自分は何故生まれて来たのか? 幸せとは何だ? 人生で成し遂げたいことは?
そんな問いかけに自分なりの『答え』を見つける旅だ。
人や、世間に用意された万人に共通する『答え』などない。
そんな幻想は捨てて、自分なりの『答え』を探そう。
蔵王堂の前に立つと、朱色の柱の向こうに今も線香の香りが漂う。石段を登ってくる人の足音は、一つとして同じ響きをしない。堂内に灯る灯りは、その一人ひとりの歩みを、今日もただ静かに見守り続けている。